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東京高等裁判所 平成9年(ネ)446号 判決

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)(本訴被告(反訴原告)) ビルディング不動産株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 伊藤茂昭

岡内真哉

松田耕治

溝口敬人

宮田眞

平松重道

井手慶祐

進士肇

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)(本訴原告(反訴被告)) 松居株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 朝野哲朗

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

(一) 被控訴人の本訴請求を棄却する。

(二) (反訴請求)

被控訴人と控訴人間の原判決添付の別紙物件目録記載の建物(以下「本件ビル」という。)についての賃貸借契約の賃料は、平成六年一〇月一〇日から平成七年二月二八日までの間は月額二八九万二一九〇円、平成七年三月一日以降は月額二四七万九〇二〇円であることをそれぞれ確認する。

2  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  控訴人の控訴を棄却する。

2  (附帯控訴)

原判決を次のとおり変更する。

(一) (本訴請求)

控訴人は、被控訴人に対し、四六四万一四〇四円及び内金一一八万〇二〇〇円に対しては平成六年一一月一日から、内金一六六万三〇〇九円に対しては同年一二月一日から、内金一六六万三〇〇九円に対しては平成七年一月一日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え(なお、右遅延損害金の請求はそれぞれ消費税分を控除したものである。)。

(二) 控訴人の反訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件の事案の概要は、原判決三枚目表末行の「賃料減額」を「賃料額」に、四枚目表三行目の「一〇月一日」を「一〇月一〇日」にそれぞれ改めるほかは、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。なお、物件等の略称は、基本的に原判決の例によるが、原判決の「本件自動増額特約」は「本件賃料自動増額特約」ということとする。

当事者双方の当審における主張は、原判決の事実認定及び判断を非難するものであるから、次項において必要に応じて摘示した上、判断を加える。

第三争点に対する判断

一  本件賃貸借の経過

前記争いのない事実、〈証拠省略〉鑑定人Cの鑑定(以下「本件鑑定」という。))及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  当事者等

(一) 被控訴人は、もと松居織物株式会社と称し、繊維製品(主として博多帯)の製造・販売(問屋)等を業としていた会社であり、昭和四三年四月に六階建の本件ビルを建築して、本社ビルとして使用してきた。

(二) 控訴人は不動産賃貸借業等を目的とし、サブリースを主たる事業とする会社であるが、資本金が一億円で、不動産会社としては比較的規模の大きい企業と考えられる。

(三) 本件ビルは、東京都中央区日本橋の商業地域内に位置しており、周辺は同種の中小規模の事務所ビルの多い地域である。

2  基本合意書等

(一) 被控訴人は、昭和五〇年ころから業績が不振となり、帯の製造をやめて業務を縮小していたが、平成三年ころ、不動産管理業に業種を転換することとし、本社を他に移転した上、本件ビルの有効な活用方法を検討した結果、被控訴人が本件ビルを改修した上、建設会社から紹介された控訴人に対し本件ビルを一括して賃貸し、控訴人がサブテナントに転貸する形式のサブリース契約を締結することとし、その条件について控訴人と交渉した。

右交渉において、被控訴人は賃料を月額(以下、特に断らない限り賃料は月額をいう。)三・三平方メートル当たり二万五〇〇〇円とするよう希望したが、交渉の結果二万一〇〇〇円とすることで合意に達した。また、賃料の増額については、被控訴人が二年ごとに五パーセント増額する案を主張し、控訴人が三パーセント増額する案を主張したが、結局、被控訴人の五パーセント増額案で合意した。

(二) 右交渉の結果、被控訴人と控訴人は、平成三年一一月八日「基本合意書」(甲二)を取り交わし、被控訴人は、控訴人に対し企画料として一三四〇万五三〇〇円(消費税を含まない。賃料等の三か月分)を支払ったが、右企画料は、賃貸借契約締結後本件ビル全部についてテナントとの転貸借契約が成立し転貸料が入るまでの期間の控訴人に対する損失補償の意味合いを含むものであった。

3  本件賃貸借契約の締結等

(一) 被控訴人は、平成四年一月一日をもって商号を現在の「松居株式会社」に、本店所在地を肩書地にそれぞれ変更した。

次いで、被控訴人と控訴人は、基本合意書に基づき、細部の条項を決定して、平成四年二月二〇日「転貸条件付賃貸借契約書」(甲一)を取り交わし、本件賃貸借契約を締結した。その内容は次のとおりであり、その骨子は基本合意書のとおりである。

(1) 賃料 四三三万八二八五円(消費税別)とし、毎月末日限り当月分を支払う(賃料算定面積は二〇六・五八五坪(六八二・九二平方メートル)であるので、三・三平方メートル当たり二万一〇〇〇円となる。)。

(2) 期間 平成一四年一〇月九日まで(賃料起算日から一〇年間)

(3) 転貸条件 被控訴人は、控訴人が第三者に本件ビルを転貸し、その条件を定めることなどを承諾する。

(4) 特約 賃料の改定は、賃料起算日(平成四年一〇月一〇日)から二年ごとに行い、改定前の賃料より五パーセントの割合で増額する(本件賃料自動増額特約)。

(5) 協議事項 本件賃貸借契約に定めのない事項に関して、また、契約条項の解釈適用について疑義が生じた場合には、民法、借家法、その他法令の定めるところにより、双方誠意をもって協議の上、決定する。

すなわち、転貸条件は控訴人が決定し、空室が生ずることに伴うリスクはすべて控訴人側が負担するものとされた。

(二) 被控訴人は、平成四年二月二〇日、建設会社に対し代金二億五七〇〇万円(消費税を含まない。)で本件ビルの改修工事を請け負わせ(甲九)、同年九月までに内装及び設備等の改修工事を終え、同月三〇日に本件ビルを控訴人に引き渡し、同年一〇月一〇日から賃料支払義務が発生した。

被控訴人は、同時に、帯の問屋業を廃止し、事実上業態を不動産賃貸業に変更した。ところで、右改修工事代金のうち四〇〇〇万円及び消費税額は引渡しのときに支払ったが、残りの二億一七〇〇万円は、五年間の割賦払いとした。被控訴人としては、本件賃貸借契約の賃料によって右工事代金残額を支払う予定であり、本件賃料自動増額特約が履行されることを右支払の前提としていた。

(三) 控訴人は、本件ビルの管理料が高額で、転借人に負担させにくかったことから、被控訴人に対し管理料の一部負担を求め、平成四年一〇月一日、被控訴人との間で「管理委託契約書」(甲三)を取り交わし、被控訴人が控訴人に本件ビルの管理を委託し、管理費用として月額二六万八〇〇〇円(消費税を含まない。)を支払う旨を約した。

(四) 控訴人は、本件ビルを賃借した後、「日本橋MIビル」との名称をつけ、他のテナントに転貸して転貸料を得るようになった。

4  その後の地価水準の変動等

(一) ところで、東京の都心部では、平成二年秋ころにいわゆるバブル景気が崩壊するまでは、地価が高騰したのみならず、賃貸オフィスビルも「超貸手市場」といわれ、賃料相場は高騰を続けていたが、その後、地価も賃料相場も下落が始まった。

(二) 地価の動向をみると、東京都区部商業地域の地価公示(一月一日時点)は、平成元年から二年にかけて安定基調で推移したが、平成三年ころから本格的に下落傾向に入った。

東京都区部(南西部)についてみると、いずれも対前年比で、平成四年にマイナス一〇・四パーセント、平成五年にマイナス二三・七パーセント、平成六年にマイナス二三・一パーセント、平成七年にマイナス一六・七パーセントと大幅な下落を続けた(本件鑑定)。

中央区についても、平成五年にマイナス二三・〇パーセント、平成六年にマイナス三一・三パーセント、平成七年にマイナス二六・九パーセント、平成八年にマイナス二七・三パーセントと下落を続けた(乙一〇)。

(三) 賃貸用オフィスビルについては、平成二年秋から景気の後退を反映して一部に借り控え傾向が現れて調整期に入り、(新規)賃料も一部地域で下落し始めた。

平成四年には、需給のバランスが崩れ、(新規)賃料は本格的な下落傾向に入り、募集賃料より成約賃料の方が低いという「二重価格現象」も出始めた。

平成五年には、新規需要は低迷し、借り手市場がより明確となり、継続賃料の減額や保証金の一部返還を要求するテナントも出始めた。

平成六年には、大規模ビルへの集約化が進むなどしたため、中小規模で年数の経過したビルでは、継続賃料も大幅な減額を余儀なくされる場合が増え、さらに空室状態を避けるために一定期間賃料を免除するフリーレント方式も採用されるようになった。

(以上につき、乙一〇、本件鑑定)

5  控訴人の賃料減額請求

(一) 控訴人は、平成六年九月二二日、被控訴人に対し、同年一〇月一〇日からの賃料を二八九万二一九〇円(三・三平方メートル当たり一万四〇〇〇円)に減額請求する旨の意思表示をした。

そして、控訴人は、右賃料減額請求を前提として、被控訴人に対し、平成六年一〇月分の賃料として三四一万一三八三円(一〇月一〇日までは旧賃料による。なお、内消費税九万九三六〇円)を支払い、同年一一月分及び同一二月分としてそれぞれ二九七万八九五五円(内消費税八万六七六五円)を支払った。

(二) 次いで、控訴人は、平成七年二月二四日、被控訴人に対し、平成七年三月一日以降分の賃料を二四七万九〇二〇円(三・三平方メートル当たり一万二〇〇〇円)に減額請求する旨の意思表示をした。

(三) 控訴人は、本件ビルを転貸することによって、平成六年八月ころには、月額四〇六万一三二五円の転貸料を得ていた(甲八)。

しかし、その後、転貸の需要が低下し、平成八年には、テナント数社から解約を受け、新たな転借人が決定しないことなどから、平成九年初めころの時点では、一時的に転貸料が合計一一三万五五一九円となった(乙一一ないし一三、弁論の全趣旨)。

しかし、他方、被控訴人も、本件ビルの改修工事の資金の割賦支払に困難を来している。

二  本件賃料自動増額特約の趣旨と効力について

1  本件賃貸借契約において「賃料の改定は賃料起算日(平成四年一〇月一〇日)から二年毎に行い、改定前の賃料より五パーセントの割合で増額する。」旨合意されていることは、当事者間に争いがない。

右のように一定期間の経過に伴い一定の基準に従って自動的に賃料を改定する約定は、賃貸人と賃借人間では賃料の改定をめぐる紛争が生じやすく、繰り返し裁判に持ち込まれることも少なくないので、これを避けるために当事者間であらかじめ一定の基準を設定しておこうとするものであり、一定数の不動産賃貸借契約においてみられるところである。そして、地価及び土地建物の賃料は戦後一貫して増加傾向を保ってきたから、賃料を自動的に改定する約定は、本件のように自動増額特約の形をとるものがほとんどである。

そして、賃料自動増額特約は、右のとおり一定の合理性を持つ合意であるから、賃借人に一方的に不利なものとして、特約自体を直ちに無効と解すべきではない。

しかし、賃貸借契約締結後の経済事情の変動の程度により、賃料自動増額特約を適用した場合に、近隣の賃料水準との比較等において著しくかけ離れた不合理な結果をもたらすようなときは、賃料自動増額特約を機械的に適用すべきではなく、事情変更の原則により、右特約は適用されなくなるに至るものと解するのが相当である。また、前記のとおり、賃料自動増額特約は、地価及び賃料水準の増加傾向の継続を前提とするものであるから、当事者の合理的意思としても、賃料水準が低下し、その傾向が客観的長期的に継続する状況が生じた場合になお、機械的に賃料増額を継続しようとする趣旨の合意ではないと解される。

2  そこで、右のような考慮に基づき、以下、本件賃料自動増額特約の効力について検討する。

前記認定事実に基づいて考えると、現行賃料額が合意された平成三年一一月の時点では既にバブル景気が崩壊し、景気の後退がみられてはいたものの、右の時点では、本件の当事者も、現在までの長期に及ぶ不動産市況の低迷や、賃料相場が著しく下落しかつこれが長期かつ深刻に継続することは予測できなかったものといわざるを得ない。この点については、控訴人が比較的規模の大きな不動産賃貸借業者であるにしても、右のような経済事情の変動まで見通した上で、本件賃料自動増額特約に合意したものとは認められない。

そして、前記のとおり、平成四年及び五年には、継続賃料についても大幅な下落傾向が続き、その傾向は一時的なものとはみられない状況に至った。したがって、右のような事情の下では、本件賃料自動増額特約に基づいて、被控訴人主張のように約定の二年以上後である平成六年一〇月一〇日の時点において、本件賃料を五パーセント増額することは、同種ビルの賃料水準と著しくかけ離れた不合理な結果を来すものというべきである。

そうとすると、本件賃料自動増額特約は、事情変更の原則により、右の平成六年一〇月一〇日以降の賃料の改定に当たっては適用されなくなったものといわざるを得ない(なお、一定の特約どおりの賃料改定が認められなかった判例として、最高裁第一小法廷昭和四四年九月二五日判決 裁判集民事九六号六二五頁参照)。

三  控訴人の賃料減額請求権の存否について

1  被控訴人は、本件賃貸借契約がサブリース契約であることを根拠に、不動産賃貸借業者である控訴人には賃料減額請求権が認められないと主張する。

サブリース契約は、賃借人である不動産賃貸借業者がビルを一括して賃借した上、これを自己の採算をもって他に転貸するという実態と経済的機能をもつものであって、賃貸人には契約の管理の負担を免れる等の利益があり、他方、賃借人には新規にビルを建築して賃貸する場合に比べて建築費の負担を免れるなどの利益がある等の特色をもつが、サブリース契約も、業務委託契約や請負契約ではなく、あくまでも建物を賃貸借して賃借人がこれを転貸するものである。したがって、契約の解釈運用にあたって右の実態及び経済的機能は考慮に入れるべきであるにしても、その法的性格は建物の賃貸借契約であって借地借家法が適用されるものと解される(なお、前記認定のとおり、本件賃貸借契約において、契約の解釈適用に疑義が生じた場合には借家法(平成四年八月一日借地借家法が施行された。)等の定めるところにより協議する旨の条項が置かれている。)。

以上のとおりであるから、サブリース契約においても、賃借人は、賃貸人に対し、賃料減額請求権を失うことはないというべきである。

したがって、被控訴人の右主張は採用することができない。

2  なお、被控訴人は、本件賃料自動増額特約が効力を保持していることを前提に、控訴人には賃料減額請求権がないと主張するが、採用できないことは二で判断したとおりである。

四  平成六年一〇月一〇日時点における適正賃料額について

1  一般に、適正賃料(継続賃料)の算定については、差額配分方式、利回り方式、スライド方式、賃貸事例比較方式等の方式があるところ、これらの方式はいずれも適正賃料を算定する上での一つの合理的尺度と考えるべきものであり、具体的な事例における適正賃料の算定に当たっては、複数の方式によって試算した額を参考にしつつ、当該賃貸借契約に関する諸事情を考慮し、総合的な判断に基づいて合理的な額を確定するのが相当である。

2  鑑定評価について

(一) 本件鑑定

(1) 本件鑑定は、当裁判所が選任し両当事者に利害関係を有しない鑑定人C(不動産鑑定士)が、宣誓の上、本件ビルの現況を確認し、近隣地域の状況、地価及び不動産市況等を具体的に調査・分析して、適正賃料額を評価、判定したものである。

本件鑑定は、平成六年一〇月一〇日の時点における本件土地の積算価格を六億三〇〇〇万円、本件ビルの積算価格を一億三六〇〇万円、合計積算価格を七億六六〇〇万円と評価した上で、同時点における適正賃料につき、差額配分方式による試算賃料として三四四万円、利回り方式による試算賃料として二四五万円、スライド方式による試算賃料として三四七万円、賃貸事例比較方式による試算賃料として三三六万円をそれぞれ算定し、総合的見地から、差額配分方式と賃貸事例比較方式を重視するのが相当であるとして、右適正賃料を最終的に金三四〇万円(一平方メートル当たり四六〇〇円)と判定した。

(2) 本件鑑定の具体的内容を検討してみるに、本件ビルの価格の評価に当たり、賃貸ビルであること等を理由に八パーセントの減価をしているが、前記認定のとおり本件ビルは継続して使用されてきたものの、被控訴人の本社ビルとして使用されてきたものであって、賃貸ビルとして使用されたわけではないので、八パーセントの減価をすべきかどうかは疑問がある。また、積算法における必要経費の算定においてサブリースであることを考慮して管理費用を計上していないが、本件賃貸借契約においては、賃貸人たる被控訴人が管理費の一部を負担しているので、この点を何らかの形で反映するのが望ましいと考えられる(これらを考慮すると、鑑定による適正賃料額はやや低きにすぎることになる。)。また、細部ではあるが、一部に計算違いとみられる箇所等もある(なお、被控訴人は、本件鑑定は被控訴人の控訴人に対する企画料の支払を考慮していない点でも問題があるというが、前記のとおり、本件の企画料は、賃貸開始当初における空室補填の意味合いがあるので、必ずしも判定された賃料額に上乗せすべきものとはいえない。)。

しかし、基本的にみて、本件鑑定において採用された手法や基礎数値等については、見方の相違はあるにしても、いずれも特段不合理な点はないから、本件鑑定が判定した前記金額は一応妥当というべきである。

(二) D鑑定書

(1) ところで、控訴人は、当審において乙一〇として不動産鑑定士Dの鑑定評価書(以下「D鑑定書」という。)を提出した。D鑑定書は、控訴人の依頼に基づいて作成されたものであるが、同鑑定士は、本件当事者と特に利害関係を有しない。

D鑑定書は、平成六年一〇月一〇日時点における基礎価格につき、本件土地を五億七〇〇〇万円、本件ビルを一億五五〇〇万円、合計七億二五〇〇万円としている。

そして、① 本件ビルの正常実質賃料は三〇四万七〇〇〇円(一平方メートル当たり四四六二円)であるが、実際支払賃料がこれを上回っているので、差額配分方式はふさわしくないとして算定せず、② スライド方式による賃料については、平成四年二月から平成六年一〇月までのスライド率をマイナス四〇パーセントとして、二六〇万三〇〇〇円(一平方メートル当たり三八一二円)とし、③ 利回り法による賃料を二六二万五〇〇〇円(一平方メートル当たり三八四四円)、④ 賃貸事例比較法による比準賃料を二五九万八〇〇〇円(一平方メートル当たり三八〇四円)とした上で、②③④につき④の比準賃料に六割のウェイトをおいて、適正賃料額を二六〇万円(一平方メートル当たり三八〇七円)と判定した。

(2) D鑑定書は、基礎価格や賃貸事例において、多くの事例を収集しており、当事者と利害関係のない不動産鑑定士によるものではあるが、一方当事者の依頼に基づいて、本件鑑定の批判のために鑑定されたものである。これに対し、本件鑑定は、裁判所の命を受けて当事者と全く中立の立場の鑑定人が、宣誓の上、行ったものであるから、いずれかといえば、本件鑑定をより重視して判断せざるを得ないところである。

また、D鑑定書は、差額配分方式による賃料額を算定しないが、その理由は必ずしも説得的でない(実際支払賃料が正常実質賃料を上回っていても、両者の乖離を配分する必要は肯定できると考えられる。)。

(三) そうすると、当裁判所の命じた本件鑑定を基本としつつ、D鑑定書を参考に考慮するのが妥当と考えられる。

3(一)  ところで、現行賃料額と右各鑑定による賃料額とを対比すると、本件鑑定の場合でも約二一・六パーセントの減額となり、D鑑定書の場合には、約四〇パーセントという大きな減額となる。

(二)  さきに検討したとおり、本件賃料自動増額特約は、事情の変更によりそのとおりの効果を認めることはできないが、しかし、本件賃貸借契約締結当時、将来の賃料水準の大幅な下落を予想できなかったとはいえ、不動産の専門業者である控訴人が慎重に検討した結果合意したものであるから、本件賃料自動増額特約が存在しない場合と全く同一に考えて、鑑定による賃料をそのまま賃料額とするのは相当でなく、本件賃料自動増額特約に対する賃貸人(被控訴人)の期待にもある程度配慮するのが合理的であり、妥当であると考えられる。

(三)  また、当事者の負担を対比してみると、被控訴人は、景気の低迷により建築資金の借入れについて利息の低下は期待できるものの、前記認定のとおり、本件賃料減額により相当の損害を被ることは否定できないところである。

これに対し、控訴人は、証拠(甲八)及び弁論の全趣旨による限り、平成六年八月ころには、転借人らから少なくとも月額合計四〇六万一三二五円の転貸料を得ていることが認められる(もっとも、その後、転貸料の値下げを余儀なくされ、また空室が生ずるなどして、平成八、九年には相当の収支の悪化を来していることが認められる。)。そうすると、控訴人は、平成六年一〇月一〇日の時点ではなお一定の利益を上げ得るということができる(仮に、右適正貨料額を本件鑑定の三四〇万円としても、前記転貸料を前提とする限り金六六万円余の利益が得られることになる。)。

そして、バブル景気の崩壊という経済変動に基づくリスクについては、ある程度当事者の公平な分担を図る必要があるから、この点からみても、D鑑定書はもとより、本件鑑定の結果をそのまま採用することは相当でない。

(四)  さらに、今回の改定は契約締結後わずか二年余り後(賃料起算日から二年後)のものであって、賃貸借契約関係が継続的な契約関係である以上、一挙に大幅な改定を行うことは当事者の意思及び衡平にそぐわないものと考えられるし、後記五記載のとおり、右時点から五か月後の平成七年三月一日以降分の賃料についても減額を是認することも考慮すべきである。

(五)  以上の検討結果に、本件の諸般の事情を総合的に考慮すると、平成六年一〇月一〇日時点における適正賃料額は、D鑑定書によるのは相当でなく、また本件鑑定の評価額もこれをそのまま採用するのも相当でなく、本件鑑定の評価額を若干修正するのが相当であり、前記事実関係の下では、平成六年一〇月一〇日における賃料額を三六〇万円と認めるのが相当である。

4  そうすると、控訴人の減額請求の意思表示により、本件賃料は平成六年一〇月一〇日以降月額三六〇万円となったものである。

五  平成七年三月一日時点における適正賃料額について

1  本件賃料自動増額特約が事情変更の原則により効力を失ったものと認めるべきことは前記一で判示したとおりである(また、一般に、建物の賃料は二年程度は据え置かれるのが通常であり、本件賃料自動増額特約についても、増額の効果は認められないにしても、二年間は据え置くとの約定の限度で拘束力を有するとするのが相当とも解されるが、本件賃料自動増額特約は、賃料増額傾向を前提としたものであり、減額傾向が著しくなった時点では、二年間据え置く効果を認めなければならないとは解されない。)。したがって、本件賃料の増減額は借地借家法三二条の原則規定に従うべきものというべきであり、被控訴人の主張するように右特約に基づいて前記二年の期間内は賃料額の改定が禁止されると解することはできない。

2  本件鑑定によると、前記と同様の検討結果から、本件賃料につき、平成七年三月一日時点では、平成六年一〇月一〇日時点からその後の経済変動によりさらにマイナス五・五パーセントの減額修正が相当であると判定されている。

そこで、平成六年一〇月一〇日時点の前記適正賃料額金三六〇万円について右減額を行うと、平成七年三月一日時点の適正賃料額は、月額金三四〇万二〇〇〇円と算定される。

そして、右のような幅の賃料改定であれば、その前の改定から五か月という比較的短い期間経過後の減額請求であっても、右減額請求を無視して従前の賃料を固定することは相当でないというべきである(なお、前記のとおり、控訴人はその後平成八年には一時的に赤字を生じているが、平成七年三月時点では、いまだ一定の利益を得ていたと認められる。)。

3  そうすると、本件賃料は、控訴人の減額請求により、平成七年三月一日以降は月額金三四〇万二〇〇〇円に減額されたものである。

六  まとめ

1  本件賃料は、前記のとおり、平成六年一〇月一〇日から平成七年二月二八日までの間は月額金三六〇万円に減額され、また、同年三月一日以降は月額金三四〇万二〇〇〇円に減額されたものであるから、控訴人の反訴請求は右の減額賃料の確認を求める限度で理由がある。

2  そして、平成六年一〇月分の適正賃料額は金三八一万四三四一円(日割計算。同月九日までの分は現行賃料による。円未満四捨五入)、同年一一月分及び一二月分の適正賃料額は各金三六〇万円であるから、これに消費税を加算した金額は、それぞれ金三九二万八七七一円と金三七〇万八〇〇〇円となる。

一方、控訴人の右各月分の支払額(消費税を含む。)は、前記のとおり、同年一〇月分が金三四一万一三八三円(内消費税金九万九三六〇円)、同年一一月分及び一二月分が各金二九七万八九五五円(内消費税金八万六七六五円)であるから、控訴人は、被控訴人に対し、以上の差額分として、同年一〇月分につき五一万七三八八円(うち消費税一万五〇七〇円)、同年一一月分及び一二月分につき各七二万九〇四五円(うち消費税二万一二三五円)及びこれらに対する各翌月一日から支払済みまで被控訴人請求の年六分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

被控訴人の本訴請求は右の限度で理由がある。

第四結論

以上の次第で、原判決は相当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩井俊 高野輝久 裁判長裁判官宍戸達徳は、退官のため署名押印することができない。裁判官 岩井俊)

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